やすばすく

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俺節 二幕

二幕

 

 

【盆踊り・アパート】

 楽し気な太鼓と鉦、手拍子の音。「そ~れっ!」の掛け声と共に幕が上がり、櫓の上には和太鼓、その手前のステージにはコージとオキナワ、周りをぐるりと囲み踊る浴衣姿の人たち。にこにこしながらコージが歌うのは『ドンパン節』。皆盆踊りを楽しんでいる。曲が終わり、ありがとうございました!の言葉と共に謝礼を受け取るオキナワとコージ。ほくほくと笑顔を浮かべ、中身を数えてはしゃいでいるところへ大野がやってくる。「ししょー!」「お疲れ様です!」嬉しそうに頭を下げるコージ。手を伸ばし謝礼を催促する大野に、とぼけてみせるオキナワだが、「俺の紹介した仕事だろうが。」と言われてしぶしぶ封筒を渡す。中身を取り出し数える大野をハラハラと見つめていたオキナワ、大野の取り分を抜いて返された封筒の中身を見て、悔しそうな様子。そんなオキナワを慰めるように笑いかけるコージ。大野が立ち去ると慌てて追いかけようとするオキナワ。「どした?」「いや、次のコンテストの話だよ…!」じゃあ別のコンテストに出ればいい!とのんびりしているコージに対し、オキナワは焦っていた。次のコンテストは優勝すればデビューできる。もしデビューできるようになって、それから師匠に報告するのは居心地が悪い。だから先に出場することを決めて、師匠に報告したいと思っていた。「…デビューしたからって、流しより偉いってことにはならねえべ。」「なるよ!」

 

 「…そんな焦るなよぉ。流しでも風呂付のアパートに住めるよ。」軽やかな足取りで歩き出すコージ。「テレビもエアコンもないけど、」鍵を投げてよこすオキナワ。おっと、と鍵を受け取り、アパートに向かうコージ。ドアを開けようとするとちょうど中からテレサが出てくる。満面の笑みを浮かべ、「素敵な人もちゃあんといる。」不思議そうにしながらもコージにつられて笑顔になるテレサ。「おかえりコージ。」「ただいまぁ。どこかでかけるの?」部屋があまりに暑くて、換気のためにドアを開けたというテレサ。首にはタオル、手にはうちわ。踊り子の頃とは違った生活感が滲み出ている。「オキナワ、エクスプラーゼ!」「エクスプラーゼ!」母国語で挨拶する陽気な二人。「お疲れ様、肩でも揉もうか?」「いや、テレサだって疲れてるから…」労いながらテレサの肩を揉むコージ。(5/30は肩揉みなかったかも)仕事の話をされた途端、うんざりした表情で話しだすテレサ。「今日も九時間ピクルスピクルス…サンドウィッチにピクルスピクルスをピクルス…」ノイローゼのように繰り返す。ピクルスのにおいしない?と気にして自分の髪の毛をコージに嗅がせたり、そうこうしている間にハッと何かをひらめいた様子。一旦アパートの中に入っていく。顔を見合わせるコージとオキナワ。(ピクルスアドリブ部分 5/30ピクルス連呼するのみ。 6/1ピクルスのにおい…と自分の髪のにおいを嗅ぎうんざりするテレサ。部屋に入るとコージ「オラ、ピクルスついてる?」と気にしてオキナワに尋ねる。 6/8「ちょっと嗅いでミテ。」とコージに自分の髪のにおいを嗅がせるテレサ。コージ、嗅いでみて「…ピクルスぅ?」と笑う。 6/10髪の毛嗅いだ後、テレサが部屋に入ると「イチャイチャしてるぅ。」と嬉しそうにオキナワに報告するコージ。 6/18髪の毛嗅いだ後「ピクルス?…でも好きだよ。」と伝えると照れたテレサに叩かれるコージ。部屋に入った後「叩かれたぁ…」ちょっと困り顔でニヤける。 6/30「ピクルスピクルス…でも明日は休み!」うきうきと部屋に入るテレサ、「明日休みだから浮かれてる。」とテレサ(の入ったドア)を指さしオキナワににこにこ報告するコージ。)

 

 すぐにまたドアが開き、後ろ手に缶ビールを隠し持ったテレサが現れる。鼻唄なんて歌いながらもったいぶってコージを見つめ、微笑み返すコージに、じゃーん、と二本のビールを見せる。喜ぶコージに一本を手渡す。オキナワも「ちょうど飲みたかったんだよビール…」と手を伸ばすももう一本はテレサの手の中、二人は顔を見合わせプルタブを引く。「かんぺ~!」と缶を軽く合わせてゴクゴクと飲む。「俺の分はないですよね~…」といじけるオキナワに気づき、慌てて「オキナワも、飲むか?」と自分のビールを渡そうとするテレサ。「いいよいいよ!俺は外で飲んでくるからよ…」と断るオキナワに、今度はコージがビールを差し出し、「オラたちは、二人で一本でいいすぃ~」とテレサと顔を寄せ合いデレデレと笑う。「…いただくよ!」半ばやけくそでコージの手から缶を受け取るオキナワ。一方の二人は、テレサが手にしているビールを「お先にドウゾ。」とコージに差し出すが、理由をつけてコージはテレサに先に譲ろうとする。(5/30「テレサが飲んでるとこが見てぇなあ…」 6/1(かしこまった言葉遣いでビールを勧めるテレサに)「テレサかたいよ?」 6/8(テレサ「暑かったでしょ、コージがお先にどうぞ。」を受けて)「暑くてもテレサがどうぞ!」 6/10「飲んでるテレサを見てみたいの。」 6/18、30も、飲んでるテレサが見たい、という内容。6/18はビールを譲り合う中で手が触れ合ってしまい、「手ぇ、触ってるね。」と嬉しそうに言うコージ。)

 そんな二人を眺めていたオキナワ、「…やっぱ俺外で飲むわ。」と身を翻そうとする。「なしてさぁ!」引き留めようとするコージの肩を抱き、「俺がいたら乳くりマンボが踊れねえだろうよ!」と小声で囁くオキナワの言葉に慌てるコージ。「まだテレサとパツイチ決めてねえんだろ、この童貞野郎が!」そうけしかけるオキナワだったが、コージは「おっ、オラ、しょんべん!」と股間を押さえて部屋の中へ逃げ込む。ドアを閉める前にへへ、とオキナワへ笑顔を向けるコージ。話を遮られ不服そうなオキナワ。

 

 そんな二人を見て、「……喧嘩か?」神妙な面持ちで声を掛けるテレサ。なんでもない、と話を切り上げようとするオキナワだったが、「…コージ、歌に集中できてナイネ。私でもワカル。」というテレサの言葉を受けて、「それも問題だけどよ。」とコンテストのチラシを見せる。次のコンテストは優勝すればデビューができること。でもコージは出なくてもいいと言っていること。「焦んなよ、だってさ。…焦って必死こいて走ってよぉ、それでやっと世間の皆様と同じペースで生きていけるのかと思ってたけどよ、俺たちは。」表情が翳るオキナワに、「…読メナイ。」チラシを返すテレサ。苦笑いのオキナワ、『みれん横丁のテーマ』を弾き語る。「ど~かたしご~とでひが~く~れて~…」その歌声を聞き、「それ、いい歌だネ。」と声をかけるテレサ。「おっ!嬉しいねえ!俺の作った曲なんだ。しょ~んべ~んの…」再び歌い出そうとするオキナワを止め、「オキナワ、曲作れるの!?」と驚く。「今さらかよ!…コージにもよ、作ってやりてえんだよ。でも無名の流しがオリジナルやったってよぉ…」しょんぼりするオキナワ。

 そこへコージが戻ってくる。「いんや~しょんべん飛び散ってしまったぁ!」ヘラヘラと笑いながらズボンを直すコージに、テレサがチラシを差し出す。「コージ、次のコンテスト出て。賞金とデビュー、両方もってオイデ!」姐さん女房さながらのテレサの迫力に、気圧されながら話すコージ。「オラは出たくねえなんて言ってねえよ?オキナワが…」「お前だよ!…まあ、お前が出るっていうんなら師匠には今度でもいいよ。」「はぁ~~い」「はぁ~いって軽いな!」コージの気の抜けた、子供のような返事に呆れ顔のオキナワ。一方チラシに目を落としたコージは、「…あれ?これ、アイドルの人も出る見たいだよぉ。」とテレサに呼びかけ、一緒に覗き込む。「スペシャルゲスト…寺泊行代?」コージの手からチラシを取り上げ、立ち去るオキナワ。テレサと顔を見合わせ、肩をすくめるコージ。
 ドアを開け、どうぞ、とジェスチャーテレサを先に入れるコージ。優しいジェントルマン。コージが部屋に入りドアを閉めるのと入れ替わりに、舞台上にはフリフリの衣装を来た寺泊行代が駆けだしてくる。

 

【コンテスト】

 ポニーテールにスポーティーな白いミニスカート衣装のバックダンサーを従え、現役アイドルさながら、可愛らしく『デリケートに好きして』を歌い踊る行代。歌い終わると司会者の案内で階上の審査員席へ向かう。続けてコンテストの審査員の紹介。市議会議員の悪巧、音楽プロデューサーの戌亥、漫画家のマンボ(多分)が順に一言自己紹介をする。(アドリブが多い。悪巧「好きな色はワイロです」「びっくりするくらい金持ってます」、戌亥「どーもー、鈴木雅之です」「どーもー、THE ALFEEの桜井です」それを受けてマンボ「THE ALFEEの高見沢です」等々…)最後に紹介されるのは行代。「あの伝説のアイドルが、満を持してこの、スーツの青山駐車場特設ステージに舞い降りました!当時は、十七歳でしたっけね?」「…う~ん?」ぶりっこのように首を傾げる。「寺泊行代ちゃん、三十九歳で~す!」「よろしくおねがいしま~す!」

 

 紹介が終わると、呼び込みと同時(より食い気味)にステージにずんずん現れるコージとオキナワ。表情が固く、緊張した面持ち。司会者がコージにマイクを向ける。「演歌では珍しい二人組です。では、意気込みを…」「津軽からきました、お」「おっとここでお時間のようです!」勢いよく話し出すが遮られ、肩透かしを食らったような顔のコージ。「今日はどんな曲を?」「十九の春を、バタヤン調で!」オキナワがぐいっと前に出て、ギターをアピールしながら答える。「それでは歌っていただきましょう!どうぞ!」

 互いに目を合わせ、頷き、オキナワがギターを弾き始める。コージも目を閉じて歌に入り込む。「あたすがァ、あなたァにィ、惚れェたァのはァ~、ちょおどォ、ずうくんのォ、春でェしたァ~…いまさらァ、りえんとォォ、言うなァァらばァァ、もとォのォ、ずうくゥにィ、しておおくれェェ~…」(『十九の春』)

 ジャンッ!とギターでキメて、バッ!と同時に審査員席を振り返るコージとオキナワ。司会者が優勝者の名を告げる。「優勝は、地元の高校生、ヨシコちゃんで~す!」ダブルピースで元気に現れるヨシコ。どう見てもヤンキー。両手に賞金と、デビューの証、金のレコードを抱えている。階上から手を振り、「あそこらへんにいるの、全部地元のダチっす!」と嬉しそう。「ではヨシコちゃんに今の気持ちを聞いてみたいと思います!」「サンキューっす。このあとうまいチューハイ飲めそうっす。」「こ、高校生らしい可愛らしいコメントでしたね!」慌てる司会者からマイクを奪い取り、審査員席に向かって身を乗り出すヨシコ。「おい!お前!…初めて父親らしいことしたじゃねえか。」しーっ、と人差し指を立てて慌てる悪巧。「厳正なる審査にて優勝したヨシコちゃんに盛大な拍手を~!」「お前ら!この後つぼ八いこうぜ!」賑やかに去っていくヨシコ。(公演が後半になってくると「バイク買って!チャンプロードに載ってたやつ!」と追加のおねだりをしたり、つぼ八部分で「一、二、三!ヨシコヨシコヨシコヨシコ~!!!」と掛け声で煽る等アドリブ満載。)

 

 がっくりと肩を落とすコージとオキナワ。「出来レースじゃねえかよ!」憤怒するオキナワを、「次、次!次があるべ!そうムキになるなって。」と諭すコージ。しかし、「お前がそんなんだから優勝できなかったんじゃねえの!」と言い返されてしまう。言葉に詰まるコージに、オキナワも少しハッとした様子で、それでも静かに熱く語り出す。「…もう他の人の歌、歌うのやめようぜ。自分たちの歌で勝負してえよ。俺たちのオリジナル曲作ってさあ!」沈んでいたコージの表情がみるみる明るくなり、「それやるべ!」と興奮してオキナワを見上げる。オキナワもまた高揚し、コージに握手を求めようとするが、オキナワが右手を差し伸べるとコージは左手を差し出すので握手ができず、「なんっで右と左が出ちゃう…」ともどかしそうにずっこける。(オキナワが開いた手を差しだすとコージがチョキを出して「なんでジャンケン!!!」「なんで勝っちゃてんだよ!」とツッコまれる日もあり。)

 

 「よし、作戦会議だ!」「おう!」調子を取り戻し歩き出す二人に、「おつかれさ~ん!」声を掛ける男。それはコンテストの審査員、音楽プロデューサーの戌亥だった。振り返ってみるが、冷やかしだと思い「…行こうぜ。」と再び歩き出すオキナワとコージ。しかし「俺はお前らに一票入れたんだぜぇ~?」という戌亥の言葉にピタリと足を止める。そして先ほどとは違った熱量で眼差しを向ける。「おやおや、途端にギラついちゃって。お前らあれだろ?賞金よりデビューが目当てってタチだろ?」「…だったらなんだよ。」つっけんどんに返すオキナワ。「だったらしちゃおうよ、デビュー!えっ、逆になんでしないの!?声もいいし、顔だって悪くナ~イ、切れてナ~イ!」軽妙に捲し立てながらコージに近づく戌亥。「ほら笑ってみて?いいね~!じゃあもっと口をこう、アヒル口にして…いいよいいよ~!じゃあ手をこうやって、ジャミロクワイ。」言われるがままにくしゃっと笑い、頑張ってアヒル口をし、戌亥と一緒にジャミロクワイのポーズ(肩をすくめて腕を下にピンと伸ばし手首を外に曲げて手のひらを下に向ける)を決めるコージ。「だども優勝できなかったんで…」そう呟くと、「だから今こうしてスカウトしにきてんでしょうがよっ!」と言い放つ戌亥。(ステップを踏んだりエアドラムを叩いたりシェキナベイベー!と叫んだりとてもゴキゲン。)

 驚きと喜びが込み上げるコージとオキナワ。「ついに来たべチャンス!」手を取り合って跳ねるように喜ぶ。「よし!じゃあ一杯やりながら話そうか」と戌亥に誘われ、完全に浮かれて肩を組んだり指を差し合ったりしながら後に続く二人だったが、振り向いた戌亥は怪訝な顔で二人を見る。「…ここからは、ビジネスの話になるから。」「はい!」元気よく返事をする二人。しかし戌亥はオキナワに向けて、「伴奏の人は、ちょっと…」と告げると、切り替えたように明るくコージに話かける。「中華料理つってもよ!広東料理っつう獣くさ~いやつなんだけど、いけるか?」慌てて、「オキナワも一緒に!オラたち、いつも二人で…!」とオキナワと寄り添ってみせるコージ。(オキナワ、公演後半ではアヒル口で戌亥にアピールする。)「演歌で二人組なんて聞いたことねえだろ!」「それは…だったら、これからオラたちが!」「だいたい、お前ひとりだったら優勝できてたんじゃね~の?」戌亥の言葉に、黙り込んでしまうオキナワ。「…でも!オキナワは、いつもギター弾いてくれて!東京さきて、はじめて優しくしてくれて!宿もかしてくれて、ぜんこも…!」必死に、それでも嬉しそうに、オキナワのことを話して説得しようとするコージ。しかし、「コイツがお前にとっていい友達なのはわかった。…で?」と、戌亥の反応は冷たい。「…で、って、なあ、オキナワ!」オキナワに駆け寄るも、「…で?」と、オキナワにまで突き放される。「ええ…?」呆気にとられるコージ。一気にテンションの下がる戌亥。「なあ、俺はややこしいのは嫌いだ。そっちでナシ、つけたらまた連絡してくれや。」コージに名刺を渡し、立ち去る。どうしていいかわからない様子のコージ、「…オキナワ!」と名刺を渡そうとするが、オキナワは黙ったまま、目も合わせず立ち去ってしまう。コージは名刺を見つめてしばし立ち尽くし、肩を落として歩き出す。

 

【サンドイッチ工場】

 「困るんだよテレサくん!」「スミマセン!」工場の白い作業着を来た男を追いかける、こちらも作業着姿のテレサ。「このたびはすべてワタクシの不徳のいたすトコロ…」「そのお得意の謝罪も私には通用しないからね!」「どうしたの!?」様子を見ていた工場の従業員たち(どうやら二人ともオネエ)がたまらず止めに入る。「見たまえ、テレサくんの作ったサンドイッチの、ピクルスの入れ方の横着さったらないよ!」パンを開いて見せながら怒る男。「おかしいだろう!」「ちっともおかしくなんかないわよ!」「あんたのしゃべり方の方がおかしいわよ!」ね~っ、とテレサを庇う従業員たち。「ありがとうゴザイマス…」少しホッとするテレサだったが、「課長に報告。テレサくん、クビだから!」そう言い放つ男に、「待ってクダサイ!」と縋るテレサ。そこへ課長が現れる。「はいはいはいはい!どうしましたそんなに騒いで!」テレサのピクルスの入れ方が…と報告する男だったが、「そんなものパンに挟んでしまえば一緒です!」と一蹴される。「か、課長がそんなこと言い出したら…」「皆さん仕事に戻って!」手を叩き話を切り上げる課長。従業員たちに行くわよ!と両脇を抱えられた男は引きずられるように去っていく。「安全通路を通ってくださいね!床がバターまみれだから。」声を掛ける課長。

 

 「…アノ、ありがとうゴザイマシタ。」頭を下げ、仕事に戻ろうとするテレサだったが、「…与作は木~を切るぅ~…」突然『与作』を歌い出す課長に驚き振り向く。「彼氏さん。演歌歌手目指してるんだってね?奇遇だなあ、僕も演歌が大好きでね、是非応援したいなぁ~。」パッと笑顔になるテレサ。「ハイ!聞いたらとっても、喜ぶと思イマス。…では。」そう言って背を向けるが、「それで君もこうやってバイトをして彼氏のことを支えてるってわけですかトントント~ン。」歌を交えて続ける課長に、再び振り向き歩み寄る。「ハイ…まあ、お給料安いのでイパーイイパーイデスケド…」拳を上げながらユーモラスに言ってみせるテレサ。はぁっ!と驚き、抱えていたバインダーを落とし、突然うろうろとせわしなく動き回る課長。「そうですかそうですか、いや、まさか君の方から切り出してくれるとは…」怪訝そうにそれを見つめるテレサ。「ここ、お給料、安いね。おいくら?」詰め寄られ、困った様子で黙ってしまう。「…外人さんねえ、時々ビザが切れてる人が混じったりしちゃうからね。調べさせてもらったよ。君の状況は、入管に報告すればイッパツで強制送還だったよ。それより私とパツイチする方がいいでしょう?ねえ…おいくら?!」迫る課長を、「チガウ!」と衝動的に突き飛ばすテレサ。市場のマグロのごとき勢いで床を滑る課長。「ば、バターが!」服を払いながら立ち上がる。「ワタシはそんな女ではナイデス。」きっぱりと断るテレサ。しかし、「君が自分をどう思っていようと傍から見たら売春婦だよ!」と怒鳴られ、身体を縮こませる。「君を雇ってるだけで私も捕まっちゃうんだよ。まあ、もし警察にバレたら、私は知らなかったで通せるけど、彼氏さんはダメだろうね。デビューもなくなるだろうな。」テレサの顔が不安に染まる。「…みんなで黙っていれば、みんながお咎めなしってわけです。」俯くテレサに、うって変わって優しい声音で近寄る課長。「誤解しないでくださいよ、今日明日の話をしてるわけじゃありません。私も給料日前なんでね…」テレサの腕を取り、袖を捲り上げると、鼻を近づけ、白い腕から手首までをくんくんと嗅ぎ、「しゅうぃーん!」と滑り出すように離れる。引き攣った顔のテレサ。「あっ!それまでに病院は行っておいてくださいね。性病はノーよ!」テレサを指さし、そう告げると機嫌よく立ち去る課長。悔しそうに袖を直し、唇を噛んで立ち尽くすテレサ。舞台手前にはスナックのママが現れ、「やっぱり器用に、生きられないね~…」と『鳳仙花』を歌い出す。暗闇へ立ち去るテレサ

 

【スナック】

 ママが歌う中、スナックのセットと共に男性客が現れ、『鳳仙花』をデュエットする。もう一人の男性客が後からマイクを奪い、サビを歌う。盛り上がるママと客たち。スナックにはピカピカのカラオケマシーン。次はどの曲を、と盛り上がる中、大野とコージが会話をしながら店を訪れる。「人の心の機微を読まないヤツだねえ…。こんちー!」ハッとして振り向くママと客たち。「お、大野さん…!」カラオケマシーンに気付く大野、店内に緊張感が流れる。「まいどどうも!…あっ、どうです、よろしければ一曲!」「バカ、やめろ。…ビール。」悪気なく勧めるコージを止め、大野はピリついた空気を無視するように店に入り、席に着く。コージも大野の向かい側に腰を下ろす。「…ご、ごめんなさいねぇ~!」努めて明るく切り出すママ。「何が。」近隣の店もみなカラオケを入れたから、うちの店も入れざるを得なくて…と言い訳ながらビールを運ぶママを、「ごめん、ママ、今日俺コイツと話があってきたんだわ。」と遠ざける大野。ぽかん、とそのやりとりを見つめながら、大野にビールを注がれ、逆に大野のグラスにもビールを注ぐコージ。

 「大体お前、成功するつもりでいるから後ろめたくなるんだろうがよ。お前と別れた方がオキナワは幸せになれるかもしれねえだろ?その可能性も分かった上でお前、オキナワの人生背負う覚悟があんのか?」「それは…」「背負わなくていいんだよ。だから自分で決めろって話。大体、相談にきてる時点で、華やかな世界に憧れてんだろ?」はにかむコージ。図星の様子。「でも、オラ…後ろめたいままいきたくねくて…」「…本当に清く正しく美しく、一片の後ろめたさもなく、それで望んだものが手に入れられるのなら、この世に演歌なんて必要ねえよ。」大野の言葉に、コージは思わず立ち上がる。「じゃあなおさら歌だけは正直に…!」「そうだ、歌には絶対に正直でいろ。歌さえあればまっすぐに生きられる。逆に、歌に縋るしかねえんだ俺たちは。縋るのはオキナワじゃねえ。」そう言われ、納得したような、だけど悲むような顏で、肩を落として大野の向かいに座るコージ。少し考えた後、「…わかりました…。テレサにも相談して!」と顔を上げる。「お前俺の話聞いてたかぁ?」呆れる大野。「おあいそ!」ママに声を掛ける。

 

 客と何やら話して、気まずそうな笑顔で歩み寄るママ。「今日はお代、大丈夫だから…」しかしその一言で大野から穏やかさが消え、再び緊張感が張り詰める。「なによそれ。どういう意味よ。」「どういう、って…」「…もう来んなってか。餞別か。」「そんなこと…!」「そうだろうがよ…」自嘲するように呟く大野に誰も声を掛けられずいると、「…そうだろうがよ!」声を荒げ、カラオケマシーンに殴りかかろうとする。「機械なんかと歌って何が楽しいってんだよ!」客二人がかりで止めても暴れ続ける大野。ママがいたたまれず、「大野さんだって嫌でしょう!」と叫ぶと、ピタリと動きが止まる。「…来てくれるのはありがたいよ、嬉しいよ!でも…これからは…誰も頼まなくなるから!」おい、と客がママを止めようとするも、大野は酷く傷ついた様子でその場に座り込む。心配そうに見つめていたコージが、「師匠、行きましょう。」と声を掛けるも、大野は顔を背ける。「一人で帰れ。」「…じゃあ…。また、連絡します。」頭を下げるコージに、「もういい。…どうして、俺を置いてけぼりにしていくやつの相談に、何度も乗らなきゃなんねえんだよ。」そう言い放つ。複雑な表情を浮かべ迷った末、頭を下げて「ありがとうございました…。」と告げるコージ。階段を上がり店を出ようとしたところで、「コージ!」大野に呼び止められる。「…あいつと本気で繋がってると思うなら、また会えると信じて、さよならをしろ。」その言葉に、グッと涙をこらえて頷き、店を出ていく。

 

【アパート】

 電車の音が遠くに響く、暗い部屋の中。窓からの月明かりと、開いた冷蔵庫の室内灯がオキナワの姿を浮かび上がらせる。洗濯カゴから自分の衣服を拾い上げギターケースに入れる。一旦閉めようとして、思い出したように布団の方に向かい、枕を抱えてぽんぽん、と抱き心地を確かめ、それもケースに放り込む。淡々と荷造りをし、今度こそギターケースを閉めた時、テレサが帰ってくる。「オキナワ?…コージは?」「さあな。」しばらくの沈黙の後、テレサが意を決して口を開く。「邪魔、カナ?」「え?」「…私、邪魔カナ?」「…邪魔なのは俺の方だろうがよ。」自嘲気味に、けれど穏やかな声で答えるオキナワ。テレサも少しだけ笑顔を浮かべながら、洗濯物を畳み始める。「…邪魔になりたくないカラ、ワタシ、誰かの重荷になりたくなくて。…家族が私の重荷だったカラ。…ヒドいデショウ?ヒドいケド、辛かったの。」泣きそうになりながら続けるテレサ。「いい人たちダヨ。嫌な人たちなら裏切れた。ケド、いい人たちなんダヨ。…コージにも、私のために何かを頑張って欲しくナイ。自分のために、生きてホシイ。」テレサの言葉を受け止めて、オキナワは微笑む。「…これからすることが間違いじゃねえってあらためて確信したわ。」ふとギターケースを見遣り、また、その奥に立てかけたままのギターに気付くテレサ。「オキナワ、ギター…!」「…ギターケースひとつにおさまっちまう程度の暮らしだったわ。」「オキナワ…!」立ち上がり、オキナワを説得しようとするテレサ

 そこへ、コージが帰宅する。「ただいま!…あれ、オキナワ?どっかいくのか?」「コージ!」手を伸ばし、ギターを示すテレサ。それだけですべてを察し、俯いて黙り込むコージ。ギターケースを抱えたオキナワがコージの横を通り抜ける瞬間、「………へば。」悔しさ、悲しみ、どうしようもない思いを押し殺すようにそう声をかける。一瞬立ち止まり、それでも振り返らずに部屋を出ていくオキナワ。

 

 ドアが閉まり、テレサが声を上げる。「…コージ!」「わかってる!わかってっから…。ひとりじゃなきゃデビューできないって言われた。」部屋の隅に座り込むコージ。「オラ、デビューすっから。デビューしてお前を幸せにする。」無理に笑ってそう告げるが、テレサは納得がいかない。「…オキナワは?オキナワ仲間でしょ!?」「そんなに背負い込めねえ!…そんなに誰もかれも幸せにできねえべしゃ…」俯いてしまうコージ。「…コージ、ワタシ…」「テレサだけは、離さねえから。おめえがいればオラ、戦えっから…」そういってテレサの両肩を掴む。

 舞台手前には派手な身なりの女(ナホ先生)、『逢いたくて逢いたくて』を歌い始める。「愛した人はあなただけ、わかっているのに~…心の糸が結べない、二人は恋人~…」崩れ落ち、床に手をつき泣き出すコージ。困惑して背を向けていたテレサも、そんなコージを見て、後ろから優しく抱きしめる。それでもコージの涙は止まらない。部屋から出てきたオキナワ、ふと立ち止まり振り返るが、悔しそうに足をダン!と踏み鳴らして去っていく。

 

【スタジオ】

 「切なくて~…涙が出ちゃう~…」歌い終え、投げキッスをしたり客席にチラチラと手を振ったりしながら階段を上るナホ先生。階上には音楽スタジオ。曲が終わると同時にコージが現れ、向かい合ってお辞儀をする。「…こんな感じ~!」にゃは、といきなりノリの軽いナホ。「じゃ、歌ってみよっか。」「はい、先生。」コージの返事に、「んっ、ん?う~ん?」とどこか違和感を感じている様子。「先生?」「うん、う~ん?…コージくん、ここに通い出してどれぐらい経つっけ?」え~と…と思い出そうとするコージ。「そろそろ、先生、って呼ぶの、やめてみよっか?」「じゃあ、なんて呼べば…」途端に楽しそうにはしゃぎだすナホ。「えっとね!う~んと、んとね~…な・ほ!」「…なほ先生?」「ううんううんううん!ナ、ホ…」突如艶めかしい声音でコージに迫る。おろおろと後ずさるコージ。

 

 そこへ、「おう!やってっか~!」と戌亥と行代が現れる。「先生、コージを宜しくお願いしますよ~!」ナホの尻を撫で、適当な歌を歌いながら適当に鍵盤を鳴らす戌亥。その後ろに立つ行代をまじまじと見て、「あ…!」と口を押えて指をさすコージ。「お、知ってんのか。」「知ってます!コンテストで…」「寺泊行代さんだ。」突然有名人を紹介され困惑するコージ、つんとした態度を崩さない行代。「おいおい、コンビ組むんだから仲良くやれよ~!コンビが仲悪いのは昭和までの話だ、平成も二年目なんだしよお!」「その平成に、演歌?」戌亥を咎めるように言い放つ行代。そこにコージがおずおずと割って入る。「あの…コンビ、ってどういうことだべか。」「お前は行代とデュエットでデビューするんだよ。」「…デュエット!?」「訛るな!そうだよ、お前ひとりでデビューできるとでも思ったのか?」「したばってん、だったら別にオキナワでも…」戌亥に気圧されながらもそう食い下がるコージ。ナホに向かって「ほんと、相変わらずだよね~」と話しかけながらコージに近づく行代。「安心しなよ。私、やんないから。」肩に手を置きそう言ってのけると、奥の出口から出ていく。それを追う戌亥。

 

 二人きりになり、レッスンを再開しようとするナホとコージ。「前から思ってたんだけどぉ、その背広…真夏にそんな暑そうなの着てたら、ちょっとおかしくない?一回脱いで歌ってみたら?」と背広を脱がそうとするナホ、抵抗するコージ。「それに、訛りだって。」と続けるナホに、「オラ、くにの言葉もこのせびろも、恥ずかしいとかおかしいとか思ったことねえべ。」そう言い切るコージ。しっかりとした意思を持った顔つき。「んもう…ウブなようで頑固!そういう人…好き!ナホって呼んで…!」目の色が変わり、再度コージに迫るナホ。後ずさりしながら逃げるコージ。

 

 スタジオを出て、屋外の喫煙所。煙草をふかす行代の元に戌亥が歩み寄る。灰皿を挟んで隣に立つ二人。「吸う?」自らの煙草を差し出す行代だったが、戌亥はポケットから取り出した煙草を吸い始める。それを見て、自嘲気味に笑う行代。「そうだったそうだった。アンタに教えてもらった煙草だった。」しばし煙草をふかす二人。「お前がアイドル崩れはもう嫌だって言うからやってんだろ。」「…それで?あの坊やと何やらされんの?」切り出した行代に、前のめりに語り始める戌亥。「CMソングだ、引っ越し屋の。」「どこの会社!?」思いがけない大きな仕事の予感に、行代も前のめりになるが、「引越しを~するなら~教えてよ~」戌亥の歌を聞くとがっかりして、再び白けた顔になる。「それ、全国区じゃないよね?流れるとしてもせいぜい地方局のラジオくらいだろうし、タイアップだと営業かけづらいし、デュエットだと紅白にも出づらくなるし…!」「先のことは俺が読む!ベテランの悪い癖、出てるぞ。」ムッとする行代。「何それ。バカな若者の方が騙しやすい?」「板の上で見世物になるには、隙間のある人間じゃなくちゃならねえ。その隙間に客は自分の思いを乗せる。託す。…バカな若者は隙だらけだ。だが、大人になりゃ、みんな隙間を恥ずかしがって埋めたがる。」「悪いこたないでしょう。」「…行代。コージと組め。あいつは隙間だらけだ。あいつの隙間には人が集まる。お前はそれを踏み台にしていきゃいいんだよ。」ゆっくりと顔を近づけ、額と額を合わせる二人。

 

【ビジネス街】

 スーツの男女が忙しそうに行き来するビジネス街の一角。大荷物を搭載した自転車をこぎながら、鼻唄混じりに現れる殺し屋。フラフラと運転をし、通行人にぶつかりそうになる。謝り、自転車を降りて停めたところで、すぐ脇の建物からオキナワが出てくる。「オキナワ!」声を掛けると、ややためらいがちに振り返り、近づくオキナワ。「よお、おっちゃん。こんなとこまで来てんのか。」「オキナワ、お前、仕事は…?」「…元の仕事に戻ったよ。」「元の仕事って…ギターは?!ギターはどうしたんだよ。」「オキナワ!」若いチンピラ風の男が声を掛けてくる。「行くぞ。」「…おう。」男に続いて立ち去ろうとするオキナワを呼び止める殺し屋。「オキナワ!…お前は、あの横丁じゃしっかり者に見えてたけど、俺たちと同じ半端者だってわかってたぜ?いつでもあの横丁に帰ってきていいんだぞ?」立ち止まって聞いていたオキナワ、グッと何かを飲みこむように話し始める。「…気軽に優しくするなよ、おっちゃん。これでもそういう言葉信じちゃう人間なのよ。…信じて裏切られて、人並みに傷ついて。いけねえいけねえ俺は犬ころだったって気付くわけ。」吐き捨てるようなオキナワの言葉。「おいオキナワ!」男に呼ばれ、「…アオーーーン。」そう、遠吠えをしてみせると、走り去ってしまう。

 

【スタジオ・ホテル・借金取り】

 引き続きレッスン中のナホとコージ。「コージくん…その背広のせいで売れなかったら、おばあちゃん悲しむよ?」そう指摘され、黙ってしまうコージ。「訛りのことも一緒。」コージの背広を脱がせ、マイクスタンドに掛けるナホ。言われるがまま、再びレッスンが始まり、コージは『一番星ブルース』を歌い出す。「男のォ、旅はァ、ひとりィ、旅…女のォ、道はァ、かえェり道ィ…」

 

 コージが歌う階上の反対側、ピンクがかった紫色の照明が照らす先には、スーツ姿の課長と小奇麗なワンピースを着たテレサの姿。課長に促され、困ったように笑いながらそっと課長の腕に自分の腕を絡めて寄り添うテレサ。二人は暗闇に消えていく。

 

 コージの歌は続いている。照明の色が変わり、階下に現れたオキナワを照らす。仲間と共に借金の取り立てを荒々しく行うオキナワ。仲間に止められても、「借りた相手が悪かったな!」と借金をした男を殴り続ける。

 

(同時進行で三つの場所の様子を見せている。三か所を照らす照明の色はそれぞれに異なり、また他の場所でのやりとりが始まるとコージが歌のボリュームを絞る(マイクではなく喉で)ことで、歌に乗せながら他の場所の様子も強調できるような演出。)

 

 「一番星空からァ…俺のォ心をォ、見てェるだろォォ…」スタジオでは喉の調子を窺いながら、ナホと目を合わせ頷くコージ。歌は続く。

 

 舞台の奥から、バスローブ姿のテレサが走り出る。「ヤッパリ、出来マセン…!!!」後ろを振り返りながら逃げ惑う。Yシャツに下はトランクス、あられもない姿の課長が怒りながらテレサを追いかけてゆく。

 

 階上左手、逃げるオカマを追いかけて現れるオキナワ。「ショバ代は払ったじゃないの!」ボロボロになりながら逃げるオカマを蹴り飛ばし、さらには背後から胸元に手を差しこむ。掴みだしたのは白い粉の入った袋。「おクスリ代もちゃあんと奉納してもらわなきゃなあ?」覚せい剤を奪い取り、さらに暴力を振おうとするのを、仲間が羽交い絞めにして止める。その隙に逃げていくオカマ、仲間を振り払い追いかけるオキナワ。

 

 「一番ぼォし消えるたびィ…俺のォ心がァ…寒ゥくゥなる~…」思いを全て乗せるように、力のこもった歌を歌い続けるコージ。

 

 バスローブの前を握りしめながら走り出てくるテレサ。舞台前方まで逃げてくるが、足がもつれてその場に尻もちをついてへたりこんでしまう。手に握られた灰皿のようなもの。追いかけてきた課長は頭を殴られたのか、額から血を流している。「お前の彼氏もダメになるぞ!」「前にも同じことを言う人がイマシタ…」「どこにいっても一緒だよ!」怒鳴りながら近づく課長、歯を食いしばってまた逃げ出すテレサ

 

 仲間たちに連れてこられ、輪の中へ転がされるオキナワ。「いるんだよね、ストレス解消のために仕事するやつ。危なっかしくて見てらんねえんだわ。」そう言うと数名でオキナワを棒で殴り、蹴り飛ばす。何とか立ち上がりながら縋るオキナワ。「なぁ、犬コロ同士、仲良くやろうぜ…」それでも仲間の暴行の手は止まらない。

 

 オキナワは暗闇に飲みこまれ、コージの歌うスタジオが照らされる。「一番ぼォしィ消えるたびィィ…!俺のォ…心がァ…寒くゥなるゥぅ~……」歌いきったコージ。「力入りすぎ~!全然集中できてない!」ナホから指摘されると、「試しにこれ着て、もっかい…」と掛けてあった背広を取る。しかしナホがそれを取り上げる。「も~、そんなにおばあちゃんの思いが大事!?」言葉を返せないコージに、諭すように話を続けるナホ。「…コージくんさぁ、自分の思いだけで精一杯な人でしょ?余計な思い背負い込んでちゃ、持たないぞ!」指を刺され、ぐ、と息をのむコージ。

 

【夜道】

 機嫌よく談笑しながら階上、夜道に現れる北野と大橋、付き人の女が三人。またもや真夏の果実の話をしている。道の中央で立ち止まり、客席に背を向けるとおもむろに立ち小便を始める北野。(客席に向けてしようとする日もあり。)大橋も便乗するように並んで小便を始める。目を覆う付き人たち。暫し小便をしたところで、「あっ、先生、誰か来ます!」慌てて切り上げる大橋。しかし北野は堂々と用を足し続ける。現れたのはオキナワ。角材を引きずり、怪我だらけの体はボロボロ。目つきは暗く淀んでいる。「…オキナワ!」後ずさる大橋。「立ちションも立派な罪ですよ。通報しちゃおっかな~」不穏な笑みを浮かべて絡んでくるオキナワを、あっちへ行け!と肩を押して追い払おうとする大橋。軽く押しただけだったのに、大げさに転んでみせる。「いってぇ!!!こりゃムチ打ち全治三か月かな…」「お前、恐喝する気か!」「強請るなんて!一緒に坂道転げ落ちてくれるやつ、探してるだけだよ。」いまだ用を足し続けている北野の顔を覗き込み呟くオキナワ。「…止まらないんですか!?」と声を掛ける付き人。ようやく小便が終わり、ズボンを直しながら、「そりゃあ手口が随分とチンピラだなあ、オキナワ。」と臆することなく応対する北野。「こんなもんじゃないぜ。もっとデカいネタ用意してんだ。…これを持って、警察行って自主してやろうか?」ニヤリと笑い、オキナワがポケットから取り出した透明な小袋。中には白い粉が入っている。奪い取り、中身を軽く吸って確かめる大橋。「これは…!」「思ったよりずっとチンピラでビビっただろ?北野波平の弟子が覚せい剤所持、なんて知れたら世間はどう思うだろうなぁ?」大橋から取り戻した袋をちらつかせながら北野を脅すオキナワ。「勝手に捕まってろ!先生がお前と無関係なことなんてすぐにわかるさ。」そう反論する大橋だったが、「事実はどうあれ、週刊誌は飛びつくぞ!」というオキナワの言葉に追い込まれる。「…っそんなスキャンダル、いくらでも逆手にとってネタに変えてやるわ!先生はなあ、以前愛人たちと全裸で賭け麻雀をしていたのを撮られた時だって…」「大橋!」開き直って反撃しようとする大橋を北野が制止する。脅しにも全く動じる気配がない北野。オキナワから角材をさらりと奪い、「よし!オキナワ、俺の家に来い。そこでゆっくり話そうじゃねえか。」と提案する。不敵な笑みを浮かべるオキナワ。角材でゴルフのスイングをしてから、歩き出す北野についていく。「ナイスショーット!」付き人達が声を掛ける。(公演後半では「はいれ~~~っ!」)

 

【アパート・夜】

 降りしきる雨の音。コージがアパートに帰ると、暗闇の中、テレサが正座で佇んでいる。「いたの?なんで電気つけねえの?」不思議そうに問いかけながら靴を脱ぎ、背広を脱いで壁に掛けるコージ。「イイヨ、暗いままで。」テレサの声はどこか沈んでいる。「…なんかあった?」「ドウシテ?」「暗い顔してるから。」「見えないデショ。」「声でわかるよ。」微笑みながら、ちゃぶ台を挟んでテレサの向かいに正座するコージ。(お互い客席の方を向いて座っている。)「…コージも、何かアッタ?」「オラは、何もねえよ。」はにかんで答える。

 しばしの沈黙の後、テレサがコージに向き直り、静かに口を開く。「…コージ、なんで抱カナイ?」きょとん、とテレサを見つめるコージ。「抱くって…何を?」「ワタシを。」突然の問いかけに、困ったように頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるコージ。「へへ…、おかしいべ、オキナワがいるのにだって、」「もういないヨ。」「……」「なに?」「何でもね。」何か言いたげなコージだが、言葉が出てこず、もどかしそうにまた頭を掻く。「……ハイ。」諦めたように呟き、立ち上がるテレサ。冷蔵庫に向かい、缶ビールを取り出すと、立ったままコージに背を向けて飲み始める。

 

 テレサの言葉に意を決したコージ。勢いよく立ち上がると慌ただしくYシャツとズボンを脱ぎ捨て、肌着にトランクス、靴下という格好になると、テレサの背後に駆け寄る。気配を感じて振り向き、驚くテレサ。おもむろにテレサの両肩を掴むコージを、「ちょ、ちょっと待って、零れるカラ…」と嗜めると、台所にビールを置くテレサ。向き合った二人は吸い寄せられるように口付ける。傍らの布団にテレサを横たえると、コージが馬乗りになり再び唇を合わせる。一旦テレサの上半身を起こし、ワンピースをはだけさせて、ゆっくりとテレサを布団に押し倒してその胸に顔を埋めるコージ。(6/8の時点で、ビールを置いたテレサが自ら布団に仰向けになり、「こぼれちゃう、カラ!」と準備万端でコージを迎え入れるというコメディみのあるシーンになっていたが、最初は二人のまっすぐな気持ちだけが痛いほど伝わってくる緊迫したシーンでした。)

 

 コージの甘い吐息が部屋に響く中、「一万円!」「一万六千円!」テレサを競っていた男たちの声と顔が浮かび上がる。動きが止まったかと思うと、跳ね起きてテレサから離れ、ちゃぶ台の向こうで座り込んでしまうコージ。

 テレサも驚いて起き上がるが、俯き、悔しそうな表情を浮かべるコージの心中を察する。「…私、キタナイ?売春婦の体は汚くてイヤ?ずっとそれで抱かなかった?」俯いたままのコージ。「……黙っチャッタ。」悲しみを誤魔化すようにおどけてそう言うと、脱ぎ掛けだったワンピースを脱ぎ捨てて肌着姿になり、ふてくされたように横になるテレサ。「嫌なんてことは絶対ね。それは絶対にね!」真剣にそう告げるコージだったが、「でもタタナイ!」起き上がり言い放つテレサの言葉に再び口をつぐんでしまう。「…いいんダヨ、コージはデリケート、ダカラ。頭に浮ぶヨネ、私がどんな仕事をしてたか…」責めてしまったことを悔いるように、優しくコージを慰めるテレサ。悔しさが頂点に達し、泣き出しそうになりながら口を開くコージ。「情けねぇ…こんなに自分のちんぽ情けねぇと思ったことはねぇ。だって、すっげえ抱きてえんだ、おめえを。」立ち上がるコージ。自分の下半身を睨み付け、拳を振り上げる。「このヤロー!いうこと聞け!!!あっ…」全力で下半身を殴りつけたため、あまりの痛みにうずくまって苦しむコージ。「コージ…!」「抱けっから!…ちんぽがなくても抱けっから。オラ、おめえのこと、なんもかんも抱くから。…今だけじゃね。過去も未来も全部抱くから。抱けっから!」思いの篭ったコージの言葉。見つめ合い、立ち上がり、互いの体に腕を伸ばしながら静かに熱く口づける二人。テレサを布団にゆっくりと押し倒し、部屋は暗闇に包まれる。雨音とピアノの旋律が流れていく。

 

【アパート・朝】

 肌着姿で布団に横たわり眠るコージ。口元が嬉しそうに緩み、時に笑顔も浮かんでいる。(股間を押さえている時も。)そんなコージの傍でぼそぼそと世間話をする警官が二人。目を覚まし、その姿を認めると、途端にパニック状態になるコージ。「あ、起きた。」「あんたら誰だ!?」「私たちはテレサさんに…」その名を聞き、ハッとするコージ。「テレサテレサ!」見回すも部屋の中にその姿はなく、宥めようとする警官の言葉も耳に入らずに慌てるコージ。そこへ、出かけていたテレサが帰ってくる。「テレサ逃げろ!!」そう叫びテレサに駆け寄ろうとするコージ。警官に二人がかりで止められながらも暴れ、わめき、テレサを逃がそうとする。しかしテレサは落ち着いた様子で、「コージ、大丈夫ダカラ。私が呼んだの。」と伝える。それを聞いて、スイッチが切れたように動きを止め、へなへなとその場にへたりこむコージ。「このお嬢さんのおかげで、君は何も知らないことになってるから、安心して。」警官の言葉に混乱する。「…コレ、お米と缶詰、あとレトルトカレー買ってきたカラ。」手に持っていたビニール袋から、食糧を棚に移してゆくテレサ。「…わかんねえよ、なにこれ。」力なく呟くコージ。「コージの迷惑になりたくないカラ…」優しく穏やかにテレサが告げると、立ち上がって詰め寄るコージ。「なにが迷惑よ!ねえ。どんな迷惑がかかるのよ!ねぇ…迷惑だっていいよ。テレサのいいも悪いも全部背負うつもりで…!」「それがダメなの!…私のために何か頑張るコージ見たくナイの。コージは、自分のためだけに生きて。」何も言い返せず、膝をつくコージ。テレサは自分の胸にさげていた十字架のネックレスを外し、コージの掌に握らせる。「昨日のコトは、いい思い出になったヨ。…アリガトウ、コージ。」十字を握らせた手にキスを落とし、笑顔を見せて、警官と共に部屋を出ていくテレサ

 

 呆然と、手の中の十字架を見つめるコージ。「…テレサ…。テレサテレサ…!」我に返り、部屋を飛び出す。ほどなくしてテレサの腕を掴んで部屋に戻ってくる。「コージ!」両膝を付き、テレサを見上げるコージ。その表情はうかがい知れない。骨が浮き出て、コージの痩身を思い知らせる背中。ゆっくりと微笑んで、コージに語りかけるテレサ。「…この顔。この笑顔。もしもこれからコージがワタシを思い出してくれる時があるなら、この顔で思い出シテ。悲しい顔忘れてホシイ。」身をかがめ、コージの額にキスを贈る。ゆっくりとコージから離れていくテレサ。手を伸ばすコージ。テレサの姿が玄関の向こうに消え、項垂れるコージの背中だけが部屋に残る。ふと、テレサがふたたび玄関から顔を覗かせ、壁を叩いてコージを呼ぶ。「売れてネ、コージ。立派な歌手になってけろだ。」にっこり笑って、今度こそ立ち去るテレサ。「…テレサァ!」追いかけるコージだったが、警官たちに捕まり、部屋の中まで引き戻される。なおもテレサを呼び暴れるコージは、みぞおちを殴られ一瞬、意識を失うように布団に倒れ込む。立ち去っていく警官たち。うずくまり倒れていたコージは、震えながら転がって仰向けになり、手で顔を覆う。コージの嗚咽が部屋に響く。ドラム、ギター、ベースの軽やかで切ないイントロが鳴る。『引越しをするなら教えてよ』を、震える声で歌い出すコージ。

 

 「くすみ…かけた…この部屋で……過ごす…時は…終わり…」言葉の合間、合間にしゃくりあげながらも、その歌声は力を帯びていく。「別れ…決めた…この期にも…いさぎ…悪いと…思うけど…」悲しみにのたうちながら歌うコージだったが、ふと、意を決したような表情に変わる。起き上がり、前を向き、涙声ではない、悲しみを力に変えるような歌声を響かせる。「明日になれば…戻らない、二度と…だから今夜は、笑ってみせてよォォォ…」手を伸ばし、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、一層力強く、一層思いの篭った歌を歌い続ける。「引越しをォォするなら、教えてよォォォ…どんなァァ遠くへ、離れてもォォ…今はァ…かァどォが立ァつこォともォ…後でェ話せる…時ィがあるだろう…」歌い上げ、再び嗚咽を漏らし、全身を悲しみに染めるコージ。曲が流れるまま、舞台は暗闇に包まれる。

 

【スタジオ】

 『引越しをするなら教えてよ』の旋律がピアノで奏でられる。弾き終えたナホ、すっきりとした顔で歌い終えたコージに、笑顔を浮かべ、せわしなく拍手を送る。「いいよいいよ~!コージくんすっごいよくなった!マル!マル!白鶴~?」「…マル?」「そ~う!!!」大喜びしているナホに合わせて頭上で大きく丸を作るコージ。(「武蔵?」「丸!」や「おじゃる?」「丸!」など、ナホ先生のアドリブが炸裂。)はしゃぐ二人を、壁にもたれてつまらなさそうに眺める行代。「コージくん、変わったね!」「…そうかな!」ナホに褒められ照れるコージ。「すっかり訛りも消えちゃって!」「より多くの人に伝えるには、訛りなんて余計なものだからね。」標準語でさらりと言ってのける。やる気のない行代に向かって、「行代さんもちゃんと練習してくださいよ!」と声を掛けるが、息を吐きかけて「二日酔いなの。」と吐き捨てる行代。酒臭い息に顔をしかめて手で払うコージ。ナホは行代に向けて、コージの変かを熱心に説く。「コージくん、一生懸命変わったんだよ。見て!このジャケット!麻よ、麻。ヘンプ!ちょっとみせたって、着てみせたって~!」ナホが肩に掛けたジャケットに颯爽と腕を通し、渋いキメ顔で遠くを見遣るコージ。「すご~い、どこからどう見ても都会人だね!オメガドライブかと思った~!」拍手喝采のナホに対し、「ねえ!歌い方も変えた?」と問いかける行代。(公演後半になると、『引越しを~』のサビメロディーに乗せて替え歌をする。)「あ、わかっちゃった?!」ナホに促され、サビを一節歌い上げるコージ。布団の上でぐしゃぐしゃに泣きながら歌っていたのとは別人のように、軽やかで爽やかな歌声を鳴らす。「…なんかあった?」コージの変わりようを不思議に思っている様子の行代。コージは晴れやかに、しかし僅かに寂しさを滲ませながら、「…背負うものが無くなって、身軽になったんです。」と答える。「それ、女と別れた男がいいがちな台詞よね~。」「あっは!違いますよ!」「いいの!それでいいの!そのほうがいいの!!」笑って否定するコージの肩を掴み、鼻息荒く迫るナホ。「才原ちゃん!」「テヘッ!」行代に止められ、おどけながらコージから離れる。「…今は、自分自分って、集中して頑張ろう、って。」前向きに答えるコージ。

 

 そこへ戌亥が現れる。こちらも酷い二日酔いのようで、スタジオに入ってきた途端その酒のにおいに顔をしかめるコージとナホ。気分が悪いらしくいつもの勢いがない。「おう、やってるか~…」「戌亥さん!行代さんがちゃんと練習してくれないんです!」「練習が必要な歌じゃねえだろ。」戌亥の答えに怪訝な表情を浮かべるコージ。「おい、出前頼むか。経費でおとせっから。うまい排骨麺食わせる店があんだよ。えっと、メニューはこっちかな…」「あっ、内線こっちにありますよ~?」フラフラと部屋を出ていく戌亥に声を掛けるナホだが、諦めて肩をすくめる。

 「…ねえ、どんなデビュー想像してた?」不意に問いかける行代。「期待してたのと違った?」「…デビューはデビューです。」はにかみながら答えるコージ。「…あんた、踏み台だってよ。」行代の言葉を聞くと、顔つきが鋭くなる。「デビューして一発当てたらコンビは解散、そんな算段だよ、戌亥は。ねえ、踏み台になるってどんな気持ち?」鋭く、しかし敵意ではなく決意を感じさせる表情で、コージが答える。「…踏んづけられるのはいつものことだべ。それでも、行く道行くしかねって気持ちです。」

 

 沈黙。不穏な空気を感じ取ったナホが間に入る。「まあ、恵まれたデビューができるのなんて、ほんの一握りの人間だけなんだから!」黙ったままの二人。「…行代ちゃんは?どんなデビューだったの?」明るく行代に話を振るナホ。「……寺泊行代、十七歳でっす!好きな色はピンク!好きな食べ物はプーリンでっす!夢はふわっふわの雲にのって世界一周すること~でっす!」身振り手振りを交え、デビューしたてのアイドルさながら、くるっと回りながら自己紹介する行代。ポーズを決めた後、スタジオに広がる沈黙に、行代の重いため息が落ちる。「…デビューの時の自己紹介、かな?」取り繕うように明るく声を掛けるナホ。「五歳の頃から考えてた。コタツの上で何度も何度も練習してさ。」「でもすごいよ!コタツの上からレコ大のステージまで上り詰めたんだから!」「…そうして今は、特設会場という名の駐車場で歌っていまっす!」自虐的にそう言ってのけ、先ほどと同じポーズを決める行代。

 「でもっ、俺、歌ってる時の行代さんは好きですよ!こう、パーッと光ってて…」うっとりと瞳を輝かせながら、歌う行代の姿を思い浮かべている様子のコージ。「っはは!歌ってる時、は!」ハッと緊張感を持つナホ。「へ?」一拍遅れて、自分の失言に気付くコージ。慌てて、「あのっ!これは、そうじゃなくて、あの…!」と弁解しようとするが、上手く言葉が出てこずに頭を掻きむしるばかり。そんなコージを見た行代は、怒るどころか爽快な様子で笑い出す。「本当に、隙だらけ、だね。」言われた意味が分からず首を傾げるコージに、「やれやれ、私も本気出さなきゃって気になっちゃうよ。よろしく、相棒!」そう言うと笑顔で手を差しだす行代。「…!はいっ!」力強く握手を交わす二人。間から拍手をするナホが顔を覗かせる。「がんばろーねぇっ!」励ましながらコージに迫る。ナホの勢いに押されながら、スタジオを後にするコージ。残った行代は一人、遠くを見つめている。階下に収容所のセットが現れ、照明がそちらに映ると、ゆっくりと身を翻し立ち去る。

 

【収容所】

 二人の刑事が話しながら歩いてくる。「供述と踊り子の人数が違うんスよね~。」「それはお前あれだろ、仲間をかばいたかったんだろうよ…」「そういうもんっすか~」小さな取調室に入って行きながら、小さな机を前に座っているテレサに声を掛ける。「すいませんねえ、せっかく自首してくれたのに。」「イエ…」「テレサさんの供述のおかげで、外国人ブローカーの壊滅まであと一歩なんです!本日も、ご協力、よろしくお願いします。」

 

【北野邸・地下牢】

 四畳半に檻をかけたような地下牢にたたずむオキナワ。北野の女付き人三人組が、ツカツカとヒールを鳴らして歩いてくる。ポニーテールの女がカンカンカン!と箒で檻を叩き、その音に驚き振り返るオキナワ。「お夕飯ですぅ~!」手に持った盆から丼を取り上げ、檻の中のオキナワに渡す、長髪の女。かわりに空になった恐らく昼食の丼を渡すオキナワ。「おい、北野のやつどういうつもりだよ!立派な監禁だぞ!」「先に恐喝してきたのはそっちでしょう!」「いいから北野を出せよ!」「先生は地方公演中でいらっしゃらないんです!」言い合った末、檻の中へ持っていた箒を投げ入れるポニーテールの女。「これは北野先生からです。ご自分の部屋の掃除くらい、ご自分でなさってください!」オホホホホホ!と一斉に高笑いをする女たちに一瞬怯えるオキナワ。女たちは再び、ツカツカと去っていく。オキナワは手に拾い上げた箒を見つめる。「…誰が掃除なんかするかよっ!」と一旦は投げ捨てようとするも、「…とはいえ暇だからやっちゃうけどね~…」と大人しく掃き掃除を始める。

 

【料亭】

 「わーっしょい!わーっしょい!」と賑やかな掛け声。屈強な男たちに胴上げをされながら座敷の周りを移動する戌亥。座敷にはそれを見て楽しむ行代、コージ、上座にはテカテカに固めた髪に色眼鏡、いかにも嫌な金持ち、といった雰囲気の男と、連れの若くて下品な笑い方の女が座っている。男は行代とコージのデビュー曲にタイアップをつけてくれた引越し屋の社長であり、その接待の最中であった。掛け声に合わせて上下する戌亥を見上げながら、手拍子で笑顔を浮かべるコージ。胴上げが終わり、ふらつきながらもヘラヘラと笑う戌亥。「おいコージ!お前もやってもらったらどうだ!」「いや、オラは…」はにかんで受け流すコージ。

 社長に酌をする行代。「憧れの行代ちゃんにお酌してもらえる日がくるなんて…頑張って良かった…!」と感極まって涙ぐむ社長。「俺はよぉ、父親が一代で築き上げた会社継いでよぉ、トンビがスズメ産んだって散々馬鹿にされてよぉ、それでもなんとかやってきたんだ」「団地ブームでさあ、そのころ引越しをするのなんか新婚の夫婦ばっかりだからね!エレベーターもないからね!?そんな中花嫁道具の桐ダンスを持って階段を一歩!」『一歩!』(突如大ボリュームで男たちによる合いの手。よく揃っている。)「一歩!」『一歩!』「うんとこしょ!」『どっこいしょ!』「…そうしてコツコツやってきて、憧れの行代ちゃんにCDを出してあげられるようにまでなりました」(拍手)社長と男たちの息の合ったやり取りに肩をビクッ!と跳ねさせて振り返り、社長と男たちを交互に見るコージ。とても驚いている。

 

 そのタイアップソングの話になると、「歌詞がよくないよね!くすみかけたって…暗いよ~!」と文句をつけだす社長。戌亥は必死にフォローに回る。「CMで使われるのはサビの部分だけですので!」「それにデュエットってさあ~」「行代も歌が得意というわけではありませんから、そこを補うという形でですね…」「野郎のパートが多くないか?」「一番は二人の掛け合いでして、二番は行代のソロとなっております~」戌亥の説明にも納得のいかない様子の社長。じろりとコージを見遣る。「そもそも、あの子必要?なんか地味だしさぁ~」標的にされたコージの顔が強張る。「それは、今後勉強させていただくということで…おいコージ!社長にお酌しろ!」「…はい。」へらへらと笑みを浮かべて立ち上がり、社長の隣に移動するコージ。「では、失礼しま…」酒を注ごうとした瞬間、社長にグーで頬を殴られる。唖然とするコージ。「…ぶわっはっはっは!」「あはははは!」こらえきれず吹き出す社長と連れの女。「リアクションしてくれないとさぁ~!殴った俺が悪者みたいになっちゃうじゃないの~!」驚きながらも合わせてへら、と笑おうとするコージ、すかさずフォローに入る戌亥。「それも今後勉強させていただくということ、でッ!?」今度は戌亥を殴る社長。しかし戌亥はゆっくりと体勢を戻しながら「ぼ~く~ど~ら~え~も~んで~す」とモノマネをして(途中から「マダミア~~~ン」に変わった)社長は満足げに大笑いする。

 

 ひとしきり笑った後、「着ぐるみでいこうか!」と宣言する社長。驚く戌亥、行代、コージ。「うちのマスコットキャラクターに、カブトムシのブットくんっていうのがいるんだよ」「ブット!」(突如高音で叫ぶ連れの女。)「それ着て歌ってもらおうか。」少しの沈黙ののち、「…コージ、お前、どうだ?」と尋ねる戌亥。コージは気持を飲みこみ、明るい笑顔を作る。「なんでも…やらせていただきます!」コージの答えに上機嫌になる社長。「ま、メインはCDじゃなくて写真集のほうだからね!」という社長の言葉がひっかかるコージ。「写真集ってなんですか…?」「それは行代の話だからよ。お前はCDだけで我慢しろよっ!」戌亥に言われ、納得いかないまま席に戻るコージ。連れの女が「私も写真集だした~い」と甘えると、「だって君、脱げないでしょ?」と社長。「脱げるわけないじゃ~~ん!脱いだら終わりだもん。」行代を真っ直ぐに見ながら言い放つ女。「…ちょっと待ってください。脱ぐとか脱がないとか、何の話をしてるんですか。」コージの表情に不信と怒りが見え始める。「だからお前には関係ないって…」「誰が脱ぐんですか!」宥めようとする戌亥に噛みつくコージ。

 その様子を見て、「…ちょっと、どうしたのこの子、不機嫌になっちゃったみたいだけど」と嫌悪感を表す社長と、ハッとした顔をして立ち上がる女。「私わかっちゃった!」無言でコージと行代の顔を交互に見比べる。「…えっ、何そういうこと!?君たち、付き合ってんの!?」驚く社長に、「そんなわけないじゃないですか~!」と笑って否定する行代と、こちらも笑顔で手と首を振るコージ。しかし疑いは晴れず、苛立つ社長。「こういうのって恩を売ってあわよくばタレントだって抱けちゃいます、っていうためにやってんだからさ~」三人に不穏な緊張感が走る。「そのためにさ、俺でも抱けそうな落ち目のタレント必死で考えてさ、それで選んだ行代ちゃんなわけなんだからさ~」「…何言ってるんだべあんた!」ついにコージの怒りが爆発する。「私がいいって言ってんだからアンタは黙ってて!」止めようとする行代。しかしコージは止まらない。「本気出すって言ったじゃないですか!」「だから本気出したんじゃない!」「こんな男のために脱ぐのが、行代さんの行く道ですか!」「…あれ?俺、今侮辱された?侮辱されたよねえ?」「いやいや、そんなことは…」一気に機嫌が悪くなる社長と、宥めようとする戌亥。「それがやりたいことならなんにも言いません。それが、五歳の頃からコタツの上で見た夢なら。だども!」今度は戌亥が止めに入る。「コージよ!今世間ではヘアヌードが解禁されたばっかで流行りがきてんだよ!」「流行り廃りの話をしてねえっすよ。惚れた腫れたの話です!」「おい、この子担ぎ上げちゃって!」社長が男たちに指示すると、あっという間に担ぎ上げられるコージ。しかし体制を立て直し、担がれた状態でなおも叫ぶ。「そんなのおかしいべ!そもそも惚れた女なら、あんたが止めるのが筋でしょう!」コージの気迫に、わらわらと崩れてコージを下ろす男たち。「惚れた女だからだろうがよ!惚れた女だからこそ、必死で魔法かけ続けてんだよ、こいつのために…」

 

 戌亥の言葉を聞き、それまで黙っていた行代が口を開く。「…綺麗にお化粧してもらってさ、キラキラの衣装着せてもらって、満員の客席でちやほやされて。魔法の時間でしょ?田舎から出てきた女の子がさ、十二時過ぎても輝き続けるためにはさぁ、ヘアーの一つも出さなきゃ無理なんだよ!」そう言うと食卓に片足を乗り上げ、連れの女を睨み付ける。行代を見つめ、ふんっ、と鼻で笑う女。「本当に魔法なら、そんな必要なんてないでしょ!」コージの反論に、戌亥は声を荒げることをやめ、静かに答える。「じゃあ、呪いだな。」行代も続く。「いくつになってもスポットライトを浴びたい、そういう呪いにかかっちゃったのよ。」「夢見る、呪いだよ…」ムーディーな曲にムーディーな照明。寄り添う二人にスポットが当たる。

 「こっちは呪われる覚悟でやってんだ。着ぐるみひとつで奥歯噛みしめてるやつに、邪魔されたくねえんだよ!……というわけで社長、どうかよろしくお願いします!」すぐにゴマすりモードに切り替わり、社長に頭を下げる戌亥だったが、「無理だよぉ!!!付き合ってるやつらのために金出せるわけないでしょ!!!…帰るぞ。」「社長!」「一生呪われてろよ!」慌ただしく動き出し、組体操のようにして社長のために車を形作る男たち。コージは頭を掻きむしり、焦りながらもどうしたらいいかわからない様子で戌亥や行代と社長のやりとりを見つめる。縋りつく戌亥や行代を無視して車に乗り込む社長。その様を見て驚く戌亥と行代。「社長!このたびは、大変、お見苦しいところをお見せして失礼いたしました!」「何卒、宜しくお願い致します!」土下座をする二人にも構わず、車は発進する。社長たちが去り、暗闇に包まれる舞台。残された三人にスポットが当たる。「あのッ、オラ…!」二人に声をかけようとするコージだったが、戌亥は悔しそうに嗚咽を漏らしながら立ち去っていく。行代は静かに、しかしはっきりとこう告げて戌亥の後を追う。「あんたさぁ、踏み台にすらなれないんだね。」強い強い怒りの篭った声。顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、走り去るコージ。

 

 エンジン音が響く。街に走り出てきたコージ。車を待ち受けると、体当たりで止めて社長を引きずり下ろす。驚く社長を勢いよく殴り、止めようとする周りの男たちに振り回されながら蹴り飛ばし、暴れるコージ。そのまま暗転。

 

【北野邸・地下牢】

 牢の畳に胡坐をかき、呟きながら箒をギターに見立ててつまびくオキナワ。どうやら曲を作っている様子。そこへ北野が現れる。箒をギターに見立てるなんて、よっぽどギターが好きなんだな、と言われ慌てて箒を置き、「出してくれよ」と懇願するオキナワに対し、北野は悠々と答える。「恐喝犯を出すわけにはいかねえ。だが、一人前の作曲家なら別だ。どうだ、俺のところで曲を書いてみねえか。いい曲があればこの北野波平が預かってやろう。」「…お前まさか、そのために俺を閉じ込めたのかよ!一か月も!」「もう、ひと月か…。何もすることのないこの座敷牢の中で、でも何をしてもいいこの座敷牢の中で、お前がしたのは歌を作ることだった。そろそろ自分がそういう人間だということを自覚しろ。」北野の言葉に顔をしかめるオキナワ。「俺は貴様のような負け犬を見捨てることはしない。貴様のような人間のために演歌はあるからだ。だから演歌の王様北野波平は貴様のことを決して見捨てない!」「貴様貴様ってさっきから…!」突如牢に近づくと、鉄柵を握り持ち上げようとする北野。驚いて止めようとするオキナワを振り切り、ついには柵を破壊し持ち上げる。「うわあ!」北野が振り回す柵にぶつからないように避けてまわるオキナワ。「俺は嬉しいんだよ!あああ~~!!!」「怖いよ!」北野は柵を投げ捨て、オキナワに思い切り顔を近づけて『365歩のマーチ』を歌い出す。「じぃ~~んせいは!ワンツーパンチ!汗かきべそかき生きようよぉぉぉ~~~!」オキナワの肩をがっちりと掴む。「…あなたは、いつも素晴らしいィ…希望のォ虹を抱いてぇいるゥ~~~~……」力の限り歌い切り、大の字になって倒れる北野。オキナワはその迫力に気圧され尻もちをついている。

 

 目を閉じ、倒れたままの北野。オキナワがぽつりとつぶやく。「俺、おっさんみてえなやつ、もう一人知ってるわ。面白ぇやつだったよ、そいつも。」「…そうかぁ。会ってみたいもんだなぁ。だがその前に、歌を完成させろ。」立ち上がり、箒に駆け寄るオキナワ。手に取ると、未練を断ち切ろうとするように箒を振りあげ、打ち棄てようとする。しかし振り下ろすのを躊躇い、「…ぅォォおおおおおおお!!!!っドーーーーン!!!」ギターを抱えて振り返る。「かっこいいぞオキナワ!まるで俺のようだァ!」北野の声を受け、箒をかき鳴らすと響くギターの音。北野も壊した柵を担ぎ、オキナワに歩み寄る。ジャジャン!というギターに合わせ見栄を切る北野、背中合わせのオキナワも凛々しく顔を上げる。

 

【収容所】

 「え~…バレーニク?」「ア~惜しいネ!”ヴァレーニキ”。」「ヴァレーニキ」「ソウソウ!」和気藹々と盛り上がる二人の刑事とテレサ。ハイタッチをしたり、先輩刑事とは銃で撃つフリ撃たれたフリをしてふざけあったり、とすっかりと打ち解けた様子で、テレサの祖国の話をしている。「でも行ってみたいな~、ウクライナ。」「お前、その顔でヨーロッパかよ!」刑事のやりとりに思わず吹き出すテレサ。「だって!食べてみたいじゃないすか、ヴァレーニキ!」先輩刑事と同じようにテレサを撃つフリをしてみる後輩刑事だったが、テレサは一転、ぼんやりと寂し気な目をしている。後輩刑事を叩く先輩刑事。「…もう一か月になりますか。祖国に帰りたいでしょう。」肯定も否定もしないまま、微笑んで立ち上がるテレサ。部屋の端、舞台では中央にある階段に歩み寄り、腰掛ける。そんなテレサを心配そうに見守る刑事たち。「…先輩、何か一個ぐらいいいんじゃないですか、他は無理でも、この部屋の中だけでも!」「…ああ、おう、そうだな!」「テレサさん、何かありません?食べたいものとか、したいこととか!」

 

 後輩刑事の提案に、ふと柔らかい表情を見せるテレサ。「…エンカ。」「…演歌?」「エンカ、を聞きたい。」そう言うと、「しらかばァ~…あおぞォォら…みィなァみィかァぜェ~…」澄んだ声で歌い始める。驚きながらも拍手を送る刑事たち。「うまいうまい!」「北国の春、かあ…いい歌ですよね!」切なげに遠くを見つめるテレサ。「…歌詞の意味を知らない時カラ、この歌が大っ好きデシタ…」「メロディーもいいですからね~」「きっと、この歌じゃなくても、好きになっていたかもしれまセン。」言葉を紡ぎながら、テレサの表情に愛おしさが満ちてくる。「歌詞とか、メロディーとかでなく、気持ち、が飛んできたンデス。ワタシ、あの人が歌っている時の、気持ち、を好きになったンデス…」「あの人、って…」「…千昌夫だろう。」刑事たちのやりとりを気にせず、うっとりと語り続けるテレサ。「あの気持ち、あの人が歌っていた気持ちは、ワタシの気持ちデシタ…。じゃあドウシテ、ワタシ、の気持ちが、あの人の中から出てきたんデショウ…」誰に語りかけるでもなく遠くを見つめるテレサ。「…お前、千昌夫の連絡先知ってるか。」「さあ…」テレサの力になれず、肩を落とす刑事たち。

 

【みれん横丁】

 パチパチと焚火の音。みれん横丁はどこかもの寂しい空気を漂わせ、ぽつぽつと姿を見せている住人たちにも覇気がない。そこへ、これまた覇気のない顔をした大野が現れる。「大野のダンナじゃねえか!」住人が声を掛ける。「ここもなんだか寂れちまったなぁ。」「地上げ屋がこんなところまできてさぁ…再開発をするからって立ち退き要請されて、仲間も少なくなっちまった。」「景気の悪い話だなぁ。……じゃ。」「おい、ダンナも何か用事があって来たんじゃねえのか?ダンナもダンナで、ずいぶんと景気の悪い顔してるぜ?」呼び止められると、気まずそうに振り返る大野。「…仕事、紹介してくんねえか…!」それを聞いて、落胆したような表情を見せる陛下。「ダンナにそんなこと頼まれる日がくるなんてなぁ…」世間はカラオケブームで流しの歌う場がなくなってしまった、と嘆く大野。「コージも帰ってきたばっかだしよお…」

 「コージが?コージもいるのか!?」驚く大野の背後から、「いますよぉ~~~!」と間延びした声が聞こえる。辺りを見回すがコージの姿は見えない。「ここです、ここ!」ガサッ!とゴミ袋が飛び散り、ゴミの中に埋まっていたコージが顔を出す。「コージお前、デビューはどうなったんだよ!」「…デビューは、なくなりました。」えへへ、と照れるように答えるコージ。住人たちが口を挟む。「コージ、偉いとこの社長を殴ったんだとよ!」「そんなことするやつだとは思わなかったぜ~」険しい顔で問いかける大野。「…テレサは?」「…国に、帰りました…。」「…そうか…」「はい…」しばしの沈黙。「…オラに残ったのは、冴えない仲間と、落ちぶれた師匠だけです!」努めて明るく話すコージ。「落ちぶれたとは失礼な!」「僕の人生、終わりです…」そう言うと今度はがくん、と項垂れる。「終わりだ、と言ってさっぱり終われるならいいけどな。」大野の言葉に頷く住人たち。「…じわじわと衰えていくから嫌なんだよなぁ。」ニヤリと笑う大野、体を震えさせる住人たち。「やなこと言うなぁ!」

 

 ふと、顔を上げるコージ。「じゅーうぶん、歌いますた。で、届かなかったんです。力不足です。意外とさっぱりとした気持ちです。」ヘラヘラと語りながらゴミの中から立ち上がるコージ。「お前、それ、本当に歌を歌ったのか?」大野の問いかけにも笑みを浮かべて答える。「へ?歌いましたよ!知ってるでしょ、流しで散々一緒に歌ってきたじゃないですかぁ!…それに結構コンテストとかも出てたんですよ?」ふらふら、バーベキュー中の住人
に近づいて串を掴もうとするが避けられ、むくれるコージ。「…俺はプロの流しとして、曲のレパートリーは二千曲はある。…だけど、それって歌か?」きょとん、と大野を見上げるコージ。「歌じゃないならなんなんですかぁ。」「たぶん、楽譜だな。俺の頭の中にあるだけなら、それは楽譜だ。俺の口から零れ出して、初めてそれは」「歌になる!」陛下が答えるが、大野は続ける。「いや、音になる。お前の耳に届く。まだ歌じゃない。お前の心に届く。惜しい!でもまだ歌じゃない。お前が日々の暮らしのあれこれに打ちのめされて、歯を食いしばっているような中で、頭の中にいつの日か俺が発した詞とメロディーが鳴り響いた時、初めて歌になるんだ。」笑みが消え、思い詰めたような表情を浮かべるコージ。「…コージ、自分の歌が果たして歌だったのかなんて、すぐにわかるもんじゃねえぞ。何年後、何十年後かにそれは初めてわかるかもしれない。じゅうぶん歌ったなんて簡単に言うな。」厳しくも温かい大野の言葉に、泣き出しそうになるコージ。「でも、誰に何をどう歌ったらいいのか、もうわからないんですよ…!」

 

 「そんなコージくんに、ぴったりの歌がありまーす!」突如横丁に響き渡る陽気な声。階上に現れたのは、「「…北野、波平!?」」目を丸くする住人たち。「ああ、こんな格好では誰だかわかりませんな。申し遅れました、わたくし、北野、」「「北野波平だぁ!!!」」みな階段に駆け寄る中、流れ落ちる涙をこらえようと必死にうつむいているコージ。サングラスを外す北野と、その横には大橋の姿。ふと、大野の姿に気がつくと、「おお!こんなところでなにしてんだ、大ちゃん!」親し気に声を掛ける北野。「「大ちゃん!!?」」住人たちが驚く中、「そっちこそ、演歌の大御所北野波平が、こんな汚い横丁に何の用があるんだい、平ちゃん!」「「平ちゃん!!?」」気さくに返す大野にまたも横丁がどよめく。久しぶりだなあ!と大野に歩み寄る北野。「…ダンナ、北野波平と知り合いなのか!?」住人の声に答えたのは北野。「知り合いなんてもんじゃあねえよ!俺と大ちゃんは、ライバルだからな!」「「ライバル!!?」」「…ライバルにしちゃあ、随分と差がついちまったけどな。」笑いながら返す大野。「いやぁ歌はどっこいどっこいだ!ただちょっと、俺の方が、色男だったってだけでな。」茶目っ気たっぷりに腰をクイクイと動かしてみせる北野に、周囲の空気も和む。「で、その大先生が何の用で?」大野の問いかけに、コージを見つめる北野。「見てもらいたいものがあるんだ。」大橋が北野に一枚の紙を渡す。コージに歩み寄り、へたり込んでいるところへそれを差し出す。「…曲も詞もオキナワが書いた。これをもらってほしいやつがいるらしいんだが…」「…オラ、受け取れねえです…」「そんなこと言わず、受け取ってやってくれよ!」ずい、と差し出される楽譜から目を逸らすコージ。北野が困っていると、再び階上から声が響く。

 

 「なにもったいぶってんだよ!かっこつけてねーで受け取れよ、この田舎モン!」「っ……。オキナワぁ…!」ついにコージの目からは涙が溢れ出す。ギターを抱えたオキナワが姿を現す。「よお。」「……あぁ。」「デビュー、なくなったんだってな。」「耳が早ぇな…。」「テレサは」「くにに帰ったよ…。」「…おう。」「うん…」「ならもろもろ丁度いい!…お前がなんもかんもよ、夢も希望も女もプライドも、ぜーんぶなくなったらよ!俺とちょうどよくなると思ってたよ。」階段を降りてくるオキナワ。楽譜を掴み、コージに近寄る。コージは再び顔を伏せる。「気軽な気持ちで見るなよ。俺の気持ち全部乗せてある。」「じゃあ見ねえ!」「…いやちょっとは見ろよ。」「ちょっとも見ねえ!」「見ろって!」「見ねえ!」もはや楽譜を押し付けようとするオキナワを必死で避けるコージ。「帰ってけれ!」「ここはもともと俺の横丁だよ!」(「お前のじゃねえよ!」とヤジを飛ばす住人。)「そんな思い背負えねえよ…。オラ、余計なもの捨てて自分だけになって、なのに、自分のことだけで重荷に感じてんだぁ。今さら新しく何かを背負い込むなんて…」「…どした。」「おっかねえんだ!」体を丸めて震えるコージ。「…情けねえこといってんじゃねえ!」コージの胸倉を掴み、殴りかかるオキナワ。逃げ出すコージを追いかけなおも殴りかかろうとする。とっさに転がっていたビール瓶を手に取り、振りあげたところでハッ、と手を止めるコージ。「おう、いい顔してんじゃねえか。そういう顔してる方が好きだぜ。」「…っ!見ねえからな!」「見ろよ!」ビール瓶を手放し、オキナワにつかみかかるコージ。「…おめえが歌えばいいだろ!」オキナワもコージにつかみかかる。「俺じゃダメなんだよ!どんなに思い込めて曲を作ったって、俺一人じゃ客には届かねえ。…俺はな、誰かの助けを借りねえと、自分の思いを伝えらんねえんだよ。」コージから手を離し、立ち上がる。「北野のおっさんも言ってただろ。歌は自分自身でなければならないって。」オキナワの言葉にきょとん、とする北野。「そんなことは言ってない」「言ったよ!」「言ってましたよ。」オキナワ、大橋に続けて否定され、「…じゃあ言った!」と急に開き直る北野。再びコージに向き直るオキナワ。「これを否定されたら、自分の全てが否定される、そんな曲を書いた。なのに、歌う前から否定しないでくれよ。な…?」よろよろと立ち上がるコージ。ようやく受け取ってくれる、そう思い安堵の声を漏らす住人たちや師匠たちだったが、「……堪忍してけろ。」楽譜を受け取らず、オキナワに向かって土下座をするコージ。見下ろすオキナワの顔には、静かな激情が浮かんでいる。「…俺も男だ、一回吐いたゲロは飲みこめねえ。これは置いていくからな!」そう言うとコージの丸まった背中に楽譜を押し付け、立ち去る。「おいオキナワこれ…!」預かっていたギターを渡そうと慌てて歩み出た陛下を、「返せよっ!」と殴るオキナワ。「なんで~!」と言いながら吹っ飛んでいく陛下。

 

 オキナワが姿を消しても、コージは土下座をしたまま、身体は小さく震えている。そんなコージを見つめながら、穏やかな表情を浮かべる北野と大野。「オキナワに言われたよ。俺とコージはよく似てるって。」「奇遇だな。俺も、コージと俺は同じだと言ったことがある。」「あ、そうかぁ!じゃ、大丈夫だな。」「うん。」「どっちに転んでも、歌は捨てない。存分に悩め!」高らかに笑う北野。「あ~、腹が減ったなあ…」と言いながらバーベキューの網に近づく。「先生それは…!」大橋が慌てるもすぐに踵を返し、「よし!肉食いにいこう、肉!この辺にうめえ猪肉食わせる店があんだよ!」北野に誘われる大野を羨望の視線で見つめる住人たち。「お前たちも行くか!」と北野に呼びかけられ、歓喜の声を上げる。「店から苦情が来るくらい、食って食って、食いまくるぞ~~~!」上機嫌の北野に続く一行。これまでダンナと呼んできた大野にも、「大ちゃん!」と声を掛け肩を組む。

 

 一人横丁の真ん中に残されるコージ。皆が立ち去り、しばらくして、ゆっくりと背中の楽譜に手を伸ばす。体を起こし、楽譜をどうしようか逡巡していた、その時。バン!!!と大きな音と共に、建物に立てかけられていた板を蹴倒して中から戌亥が現れる。驚き尻もちをつくコージ。「安心してんじゃねぇぞぉ!!!」そう言ってコージをじっと見る戌亥。睨み付けているようにも見える。「…仕事だ、コージ。前座であの曲を歌え。」「…!だども、行代さんは…」「行代はこねえよ。おめえ一人で歌うんだ。」「…だども、オラ、歌えねえです…」自信なさげに返すコージに苛立つ戌亥。「…コージよお、これは俺が必死で頭下げてとってきた仕事なんだよ。こちらの必死に対しての、穴埋めをすべきじゃねえのか?」「…すいません。」コージを残し、立ち去る戌亥。「…逃げんなよ!」振り向きざまに言い残す。(立ち去ろうとして何かを踏ん付け、あっ!!と嫌な声を出して靴についたそれを地面に擦り付ける。が、数歩歩いたところでまた踏ん付けてしまい、今度は踏んだ方の靴を脱いで投げ捨ててどすどすと立ち去ってゆく。)

 

 今度こそ一人きりになり、地面に落とした楽譜を見つめるコージ。葛藤しながらも、楽譜を掴み、じっと見入る。次第に溢れる涙を拭いながら立ち上がり、楽譜をぐしゃぐしゃと丸めて捨てようとする。手を振りあげて、だけどやっぱり捨てられず、丸めたそれをズボンのポケットに押し込む。そして歩き出すコージ。

 

【収容所】

 階上にはマリアン、アイリーン、橋本の姿。そわそわと何かを待っている。そこへ刑事たちの声が聞こえてくる。「ほら、こっちこっち、こっちだよテレちゃん!」「テレちゃんさん、こっちです!」導かれて現れたテレサ。その姿を見て、歓声を上げる橋本たち。「テレサ!!」「みなさん…!!」階段を駆け下り、駆け上がり、抱擁するアイリーン、橋本とテレサ。マリアンだけは、感情を何とか抑えようとするように、階上の手すりにもたれテレサに背を向けている。喜びの再会を微笑み見守る刑事たち。「テレサさんの供述のおかげで、外国人ブローカーの壊滅に至りました。それなのに結局、強制送還になってしまい申し訳ない…」「いいンデス。」「送還まで、まだ少し時間があります。短いですが、ご友人との時間を楽しんでください。」そう言い残し刑事たちは立ち去る。再び明るい声を上げながら、階段を上がる三人。「他の皆サンは…?」「エドゥアルダさんはパスポート切れてたし、シャオはそもそも偽造パスポートだったからね。ま、ここのどっかにいるんじゃない!?」明るく橋本が答えるが、責任を感じて落ち込むテレサ。「…でもネ!あそこにいるよりはず~~~~~っとマシダヨ!テレサのおかげであたしたち、解放されたんだカラ!」アイリーンの励ましに少し安堵の表情を浮かべる。「ほら、姐さんも」橋本に促され、ちらりとテレサを振り返るマリアン。「…姐サン!」駆け寄り、マリアンを抱きしめるテレサ。マリアンも泣きそうになりながら、しかし、「アイツは…あの男はどうしたんダヨ!」とテレサの肩を揺さぶる。「ここに呼ぶべきなのは、私たちじゃなくて、あの男デショウ!?」宥めようとする橋本とアイリーン。テレサが静かな表情で口を開く。

 「ここにいる間中いつも…いつもいつもいつも、いつもいつもいつもいつも、頭の中でコージの歌が鳴ってマシタ。」穏やかで、幸福感に満ちた顔で話すテレサ。「だったら!!!」「でも、会うのは怖いデス。」瞳を潤ませ、そう告白する。悔しそうなマリアン。「…でも、呼んでも来られなかったみたいよ。」唐突な橋本の言葉に一同が目を向ける。胸元からごそごそと一片のチラシを取り出す橋本。「コージくん、今日これに出るみたいだから。」「プラネット…ギャラクティ、コ!?なにこれ全然関係ないジャナイ!!」覗き込んだアイリーンが憤怒するも、再びチラシをよく見せようとする橋本。「これ、ここ!前座、海驢耕治って、コージくんのことでしょう!?」驚き、チラシを覗き込む三人。

 

【コンサート会場】

 ステージ上、リハーサルを進めるAD。「海驢耕治さん入られま~す!」奥から戌亥とコージが現れる。ADの説明を受けながら、やりとりをする戌亥。「呼びこまれたら出てきて、ここに立っていただいて」「…おう。」「で、曲は…」「カラオケが入ったテープ、渡しただろ。」「…ああ、なんか、30曲くらい入ってましたけど!」「コージ、お前何がいい。」突然話を振られ、おどおどと笑って、「オラはなんでも…」と返すコージ。「なんでもいんだとよ。」「なんでも、と言われましても…」「じゃあ一曲目に入ってるやつ。」「わかりました!では司会者の紹介の後、こちらで…」話の途中で、プロデューサーが姿を現す。途端に態度が変わり、ゴマをすり出す戌亥。「びっくりしたよ~行代が出ないなんて。」「ほんっと~に申し訳ございません。今日はこの、コージが精一杯努めさせていただきますので。」ぺこり、と頭を下げるコージ。「この子一人で大丈夫?」「このくらい無名の新人の方が、プラネットさんの良い引き立て役になると思いまして…」「この後天気が崩れるみたいなんだよね。」「あっ、それでしたらうちのコージはリハなしで、ぶっつけ本番でいきましょう!本番も一番を歌い終わったらブチッとぶっちぎっていただいて構いませんので!」「そう。じゃ、よろしく頼むよ。」「あっ、あの、それでですね、プラネットさんがテレ東で持ってる冠番組、あれにですね、ぜひうちの行代を…」「無理無理!」売り込みが失敗し、舌打ちをする戌亥。コージを振り返り、「せいぜい、ご迷惑をおかけしないようにやれよ。」そう言い残しプロデューサーを追いかける。「…はい。」所在無げに立ち尽くしながら、ヘラ、と笑って答えるコージ。一人で奥へ引っ込んでいく。

 

 会場に振り出す雨。スタッフが客を誘導している。客席の通路に、舞台上部のテラスに、つめかけるプラネット・ギャラクティカの女性ファンたち。(ほぼほぼ女装)「やだ降ってる~~~!ヤンもマーも何も言ってなかったわよねえ!!?」と客席に話しかけるファンあり、興奮して舞台に上がってしまうファンあり(ヨシコちゃん)。自然とプラネットコールが始まり、司会者の登場に歓声が上がる。

 「みなさんお待たせしました!いよいよプラネット・ギャラクティカの登場です!」黄色い歓声。「…の、前に!」どよめき。「フロントアクトとして、演歌歌手の海驢耕治さんに歌って頂きます!」「ふろ、フロント?」「アシカって言った?」ざわめく客たち。「では、どうぞ~!」不穏な空気の中、不安げに登場するコージ。「誰だよ!」「早くプラネット出せよ!」客席の野次に申し訳なさそうに身を縮こませる。空き缶が投げ込まれ、驚き足を止めるコージ。司会者が慌てて缶を拾い、「物は、投げないでください~!」情けない声で懇願する。どんどん激しくなる野次の中、「では張り切ってどうぞ!」と無理やり歌を始める司会者。「…海驢耕治です。では、聞いてください。カラオケの一番目に入っていた曲です。」スタンドマイクに向き合うコージ。「カラオケの一番目ってなんだよ!」イントロが始まってもなお野次がおさまらず、ざわめきの中、『星屑のワルツ』を弱弱しく歌い出す。

 

 「おい!お前ら聞けよ!!!」客席から叫ぶ声。ハッとして目を向けるコージ。スタッフの制止を振り払い、ステージに上ってきたのはオキナワだった。「あいつもっといい歌歌えんの知ってっからさ!」「オキナワ…」「ほら、コージ歌え、歌えよ!!」「オキナワ、もういいから!」唖然とやり取りを見ていた客席だったが、二人が知り合いと気づくとさらに激しく野次を飛ばす。歌え、と急かすオキナワ、飛び交う中傷の言葉。何とかワンコーラス歌い終えると、「すみませんでした…」と頭を下げ、後ろへ引っ込もうとするコージ。「コージ、あの歌歌え!」そうオキナワが呼びかけるも、「…オキナワ、すまねえ。」と踵を返す。「はい、お疲れ様でした~!」皮肉る声と共に、コージの退場を促す拍手が起きる。取り押さえられながら悔しそうに足掻くオキナワ。コージの姿が舞台から消えそうになったその時。

 

 「シャラップ!シャアラアアアアアアアップ!!!!」そう叫びながら客を掻き分けテラスに姿を見せたのは、マリアン、アイリーン、橋本、そしてテレサだった。「テレサぁ!!」目を丸くし、思わず一歩駆け寄るコージ。「どうして…!まだ、日本にいたんだか…?」頷くテレサ。「取り調べ、受けながらいつも、頭の中でコージの歌が流レテタ…」「…いつも…?」泣きそうになりながら微笑むコージ。テラスの手すりから身を乗り出すマリアン。「いつもいつも、いつもいつもいつもだってサ!」唇を噛みしめるコージに、テレサが必死で語りかける。「…さっき、久しぶりにコージの歌聞いたら、全然、ダメになってた。さっきの歌…歌詞もわからないところがアッテ…でも、前はわからなくても気持ちは伝わったヨ。」目をそらさず、コージも懸命に見上げてテレサの言葉に耳を傾ける。「何が足りないんだろって思ったことがアッテ…。そもそもコージには、コージのことだけ頑張ってほしくて。私のために何かを頑張るコージは、見たくなくて。私は私のことを頑張るって…じゃあ私って何?って思ったりして…。…うまく言えないヨ…!」諦めそうになるテレサを、ステージ上のオキナワが励ます。「テレサ、全部言えよ!うまく言えなくていいから!」

 その言葉を聞き、テレサが叫ぶ。「…アーー!」「あぁ…!」「アア…!!!」「あああァーーー!!!」泣きながら叫び合う二人。「なにこれ!」静かに見守っていた客席がどよめくが、構わずテレサが叫ぶ。「それ、さっきの歌、サンハイ!!!」促され、慌てて再び『星屑のワルツ』を歌うコージ。今度は、想いを全て乗せるように、魂を吐き出すように。「今でェも…好ゥきィだ…死ぬほォどォにィ…!!!」その歌声を聞き、晴れやかな笑顔を浮かべるテレサ。「…今ワカッタ。さっきの歌に足りなかったもの、それはワタシ。ワタシです。コージはワタシとコージでコージだから、だからワタシがいないとコージの歌じゃない。ワタシもコージとワタシでワタシだから、コージがいないとワタシもワタシじゃない。」

 

 「…オキナワ…!」驚いて振り返るコージ。「ああ…」オキナワも驚いている。「この歌、テレサと一緒に作ったんだべか?」「違うよ、俺一人で作ったよ!」コージの顔つきが変わる。力強い目で、オキナワに告げる。「…オキナワギター!」「あいよ!一発かましてやろうぜ!」ギターを抱え直すオキナワに、歩み寄るコージ。「…一人で背負わせてくれぶし。」驚きながら、しかしコージの強い思いを感じ取り、ギターを差し出すオキナワ。「ほらよ。安物のギターだからよ、濡らして構わねえぜ。」頷き、ギターを受け取るコージ。再びマイクに向かう。「もう一曲、聞いてください。」そう言うとポケットの中、ぐしゃぐしゃに丸められた楽譜を取り出し、マイクに付ける。客席からは一層酷い野次が飛び、あちらこちらからゴミが投げ込まれる。構わずコージは歌い出す。柱にもたれかかりその後姿を見つめるオキナワ。柵にしがみつきながらコージを見つめるテレサ

 

「ひとりで生きィていィけェるゥのとォ~…つよがり放した手ェだァけェれどォ~…夜と、朝ァの境目あたりに見ィるゥ夢でェ…お前の名前を呼んでいたァ~…」

 雨が降り出し、空は暗くなる。濡れながら歌うコージがスポットライトで照らされる。野次に掻き消されそうになりながら、想いを込めて歌うコージ。

「おォ~い、おォ~い、ねぇ~…届いていィるゥかァ~い…もォっと、傍まで、来ィてくゥれよォ~…心の中まァで、入っておォいでェ~……」

 雨が激しくなる。雷が鳴る。それでも構わず、自分の全てを乗せて歌うコージ。

「俺がァ~…俺と言う時はァ~…俺とォ、お前で俺だからァ~…俺のォ~…俺節ィ…おまァァ、えェぶゥしィ~…」

 じっとコージを見つめていたオキナワが、目を赤く潤ませて視線を逸らす。

「なんでもわかってくゥれェるゥからァ~…必死で隠したこォとォだァけどォ~…くゥじィけ、まみィれェの暮らしの中でェ…お前の影ェをさァがァしィてたァ…」

 テレサはじっと、じっとコージを見つめ続けている。

「おォ~い、おォ~い、ねぇ~…どこまでい、こ、おォ~…もォっとずゥっと遠くまでェ…黙ったまんまで歩こうよォ~…」

 いつしか野次は止み、会場の全ての人間がコージの俺節に聞き入っていた。

「俺がァ~…俺と言う時はァ~…俺とォ、お前で俺だからァ~…俺のォ~…俺節ィ…おまァ、えェぶゥしィ~…」

「俺のォ…俺節ィ…」

 

「すいません!!!」

 突然会場に響く声。歌が止まる。現れた刑事が、無念そうに告げる。「…飛行機の時間です。」「テレサ!」引き留めようとするマリアンたち。テレサを見つめるコージ。テレサは立ち上がり、静かに、優しく、美しく微笑む。コージへ投げキッスを送り、刑事たちと共に会場を去る。ハッとして、コージに向き直るマリアンたち。コージもマイクに向き直る。大量の雨に降られ、それでも次々とコージの頬を伝う、大粒のものが涙だとわかる。

 

「おまァァ、えェ…………、ぶゥ、………しィィィ……」

 

 静まり返る会場に、パチ、パチと拍手が鳴り始める。瞬く間に会場全体に広がり、盛大な拍手に包まれながら、コージはゆっくりと頭を下げる。

 

 

【みれん横丁】

 「『嵐の中必死に歌う姿は、多くのファンの心を打った、素晴らしい歌唱だったといえよう。』」新聞記事を読み上げながら、三人の住人が幕の前を歩いてくる。「俺にも見せろよ!」「これは俺が拾った新聞だ!」「じゃあ早く読めよ!」喧嘩になりながら、続きが読み上げられる。「『これからの活躍が期待される。新人、五人組アイドルの、………プラネット・ギャラクティカであった』…」途端に険しい顔になる三人。「はぁ!?それで終わりかよ!」「コージのことは!?」「どこにも書いてねえよ…」「なんでだよ!!!あんなにすげえ歌、歌ったのによお!!!」憤怒する三人。幕が上がり、誰もいないみれん横丁が現れる。「…俺ちょっと、別の新聞拾ってくる!」「やめとけ!…どうせどこも同じだ。考えてみりゃあよお、まだデビューもしてない新人が、新聞に載るわけねえんだよな…」意気消沈する三人。「…俺ら三人だけでも、よくやったって、褒めてやろうぜ。」「俺らだけか…」

 すると階上に他の住人が現れ、「なんでコージが載ってねえんだよ!」と叫ぶ。ハッ、と見上げた三人の顔が、ぱあっと明るくなる。「…お前らも、見に行ってたのか!?」「当たり前だろ!みんなで金集めてチケット買ってよお…!」さらに他の場所から現れた住人たちも、「おっかしいだろ!」と憤慨している。コージの雄姿を見守り、コージの歌に心を打たれたのは、三人だけではなかったのだ。新聞への文句でにぎわう横丁。「そういや、当のあいつらはどこいったんだよ?」「さあ、見かけてねえけど…」

 

 その時、「おい!来たぞ!横丁の星だ!」双眼鏡をのぞいていた覗き魔の声に、全員が一斉に横丁の奥を見る。いつも通りの姿で現れた、コージとオキナワ。「お前、新聞なんか載るわけねえだろがよお!」「だども、ばっちゃんが…」コージを小突くオキナワも、コージも、どこか嬉しそうで晴れやかな表情を浮かべている。「コージ!!!」横丁の仲間たちが二人に駆け寄る。(いつのまにかプラギャラの応援うちわを取り出している者も。)肩を叩かれ、声を掛けられ、驚いたり、喜んだりしながら歩み出るコージとオキナワ。舞台の一番前に立ち、オキナワに促されると、手に握っていた新聞を高く放り上げるコージ。仲間たちもそれを見上げて歓声を上げ、そして二人並んで腰を落としたコージとオキナワは、揃って顔を上げる。誇らしげな笑顔。キラキラと輝く、希望に満ちた瞳で、まっすぐに前を見つめていた。